日本熊森協会 石川県支部

自然との共生・共栄を基本とした、全ての命の安全と平和を目指す社会を目指して・・

定例会 また始まりました (*・・*)

2012年5月9日(水)

昨年の途中から途絶えていましたが(^^;
熊森石川支部の定例会が再び行われました。

永井副支部長と新会員の岩上さんが
4月に行われた、本部の総会に参加してくださった報告を聞き、
今後のことや、その他もろもろのことを話し合いました。

久々の会でしたが
新会員ご夫妻はじめ、7名の参加でした。

今後、また色々と活動していきたいと思いますので。
宜しくお願いしますm( __ __ )m


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次回の定例会
2012年6月6日(水)午後7時〜
大野会場2F



☆2012年5月13日(日)
39アース 
たのしんぼ 朝市開催 
午前8時半〜12時
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5月15日(日)ドングリ置き場確認&山の実り調査&自然観察会

5月15日(日)7時〜11時
金沢方面のドングリ置き場確認&
山の実り調査&自然観察会に行ってまいりました♪
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P1290568.jpg


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まずは、金沢方面で数百キロ、ドングリを運んだ場所の確認から・・
全部、食べてありました(*⌒ー⌒*)
勿論、実生もありません。

クマが居ついている痕跡もありませんでしたが・・
この場所は、標高400m〜500m以上ある場所で
クマが普段からエサを得ている場所でもあります。

が・・昨年度はココから麓方面のクリやアベマキ、クヌギなどしか生っておらず
ブナ、ミズナラ、コナラは、ほとんどありませんでした。

この山の麓の(標高100m〜300m)辺りのアベマキ林などに
エサを食べに行って目撃され、捕殺されていました。
しかし、この辺りの古くからの住民は不作の年は
カキの木などにクマが来ることを知っていて
そっと見守っている地区も多いのです。

(しかも、去年はあまりの空腹のためか・・
ギンナンを食べた痕跡の糞があちこちで見つかっていました。
あんな強烈なものを食べて・・(T-T) 
栄養のある種の部分はほとんど、そのまま出ていました)

あまり、そういうことを知らない人や新しい住人が見かけただけで通報するので
檻を仕掛けて、貴重な野生動物が簡単に捕殺されてしまっています。
クマへの対応の正しい知識と情報が行き渡ることを痛切に願っています。

スギ林を抜けた先で広葉樹の森と隣接する場所で
一度、伐採されたあと放置され元に戻る途中の広葉樹の森ですが
本当に植物も多種多様で、昨年、ドングリを置いたときには
マイタケがありました(^^;
I林内

山菜などもいっぱいありますが・・
森の動物たちの大好きなエサでもあるので
なるべく採らないで欲しいなぁと思います。

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次は、恒例の自然観察ポイントに向かいました。

が・・いきなり・・
自然観察会515
凄い光景がお出迎えでした(^^;
去年も雪で途中までしか行けませんでしたが・・
今年は、さらに手前でストップだったので、
そこから先は徒歩で登り口まで行きました。

清清しいブナ林の中をしばし歩き・・
515a
小さいけれど雪渓の残る道をやっとこ歩き・・
いつもの景色にたどり着きました♪
515c
汗をかいて少し熱くなった体に
尾根を吹く風が心地よかったです。

車から、尾根までで確認できた実りは・・
まずは、ミズナラです♪
515ミズナラa

↑上の写真でわかるでしょうか?
少しアップにしてみましょう(^ー^* )
P129054813.jpg

どうでしょう?雄花(オバナ)や雌花(メバナ)がわかるでしょうか?

P129054814.jpg


答えあわせです(*⌒ー⌒*)
ピンクの線で囲ってあるのがメバナで水色がオバナです。
簡単ですね?
それにしても沢山の花芽がついています。
育っていくのが楽しみです。

次は・・
515ブナa

何かわかりますか?(* ̄ー ̄*)

少しアップにしてみます♪
P129054911.jpg
どうでしょう?ちょっとボケているので・・
わかりにくいかもしれませんが(^^;

P129054912.jpg

ブナのメバナ(ピンクの線)とオバナ(水色の線)です♪
ブナも沢山の花芽をつけていて
去年とは全く違いました\(o⌒∇⌒o)/ ワァイ♪♪♪

515ブナaa
一番良いブナの観察ポイントまで行けなかったので・・
写りは悪いのですが、上の写真のような感じで
かろうじてブナのメバナが肉眼で確認できました。
もう少しズームしてみます・・

ブナ515a
どうでしょう?わかるでしょうか?

ブナ515b
あの場所ではわかりませんでしたが・・
画像で確認すると
いっぱい!メバナがありました(/_;)凄いです。
オバナはというと・・・

P1290557.jpg
こんな風に地面にまで・・
いっぱい既に落ちていました。
これも、去年とは全く違います。
去年は、オバナ・・1個しか見つけられませんでした(^^;

あとは、クリやコナラ、アベマキ、クヌギ、ウラジロガシなどを
今後の山の実り調査で確認して回りたいと思います。


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5月の予定です

5月 8日(日)金沢市新保町 楽しんぼ♪(応援&参加) 8時〜
5月11日(水)金沢市のドングリ置き場確認&実り調査 13時〜 
5月15日(日)早朝自然観察会&ブナの実り調査(医王山)7時〜11時
5月18日(水)小松市のドングリ置き場確認&実り調査 13時〜
5月25日(水)定例会 19時〜21時
6月4日(土)「クマと森のお話・環境教育準備会1」 15時〜17時

参加ご希望の方はお気軽にご連絡ください。
医王山
2010年5月8日<金沢市 医王山>
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サイト紹介「日本の原子力発電って大丈夫なのか?」

先に紹介した平井さんの文章は数年前から賛否両論あったようですね(^^;
しかし、細かい部分は違っていても
現在の福島原発の事故を収束できないでいるのを見ていると
大きな流れとして大事な部分は信用できるのではないかと思いました。

他にも紹介いただいたサイトをお知らせしておきます。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


日本の原子力発電って大丈夫なのか?

3月には、またぞろ事故隠しが発覚した日本の原子力発電所。電力の需要が増えてて大変なんだろうけど、チェルノブイリみたいな惨事はご勘弁。まじで怖い。でも、考えてみると、ボクらは「原発」のことを知らなすぎる。そこで、原子力問題を探求し続けている理学博士・藤田祐幸氏に、原子力発電のイロハを教えてもらう。ほんとに、原発って必要なの?




結論から言うと、いますぐに日本中の原発が止まっても、大停電やパニックが起こることはありません。電力会社は稼働停止のリスクが高い原発のバックアップとして、ハイスピードで火力発電所を建設してきました。今、日本にある火力発電所は、「原発を稼働させるため」に、普段は能力の半分も稼働していないんです。原発での発電量をすべて火力に置き換えても、7割程度の稼働で事足りる計算になります。

私に言わせると、電力が足りるとか足りないなんて論じること自体がナンセンス。それ以前に、放射能を扱うテクノロジーの問題が大き過ぎるんです。まず、第一の問題は事故による環境汚染のリスクが高すぎる。こんなものを次々に作るのは、国家のみならず地球全体の脅威です。

放射性廃棄物の問題も未解決のままですね。原発のゴミから、放射能の毒性が消えるまでにはおよそ3万年かかると言われています。3万年前といえば、クロマニヨン人の時代です。そんな危険なモノをどんどん作って、未来の人類に対してどう責任が取れるのでしょうか? 廃棄方法が安全かどうかを検証するには3万年かけた実験が必要なんだから、安全と言い切れる廃棄方法があるはずもない。

原子炉のメンテナンス、掃除はどうやるか知ってますか? 発電所の原子炉は1年に1回程度運転を停止して定期点検や補修をします。停止直後の炉内は放射能汚染がすごいから、重装備でも被曝する。だから、電力会社や発電機メーカーの人間が最初に入るんじゃなくて、日雇いのようなシステムで肉体労働者が中に入って、雑巾で放射能を拭き取ることから始まるんです。労働者の「ノルマ」は被曝量。つまり、被曝量が一定レベルに達すると解雇される。原発問題は、安全や電力需要という以前に、人間の尊厳に関わる問題なんですよ。

「なぜ原子力発電を始めたの?」

日本の核開発は、1952年の4月、敗戦後の占領下を脱して日本が独立した日に始まっています。吉田内閣時代の国会答弁で現在の科学技術庁設立が打ち出され、その付属研究所では秘密裏に原子力兵器開発が目論まれていたことが明らかになっています。多くの日本人が、広島・長崎の真実を知るのは、1954年に第五福竜丸の事件(ビキニ環礁付近のアメリカによる水爆実験で被曝)が起きてから。核についてはまともに報道さえされなかった時代のことですね。

岸信介は、原子力開発が自動的に核武装する力を保持することになると自伝の中で明記してます。佐藤栄作も外務省の内部文書で、原子力利用を推進して核武装へのポテンシャルを高めることや、エネルギー利用の真意が国民に悟られないように細心の注意を払うべきだということを主張しています。そうして生まれたのが「動燃(動力炉・核燃料開発事業団)」と「宇宙開発事業団(現在の宇宙航空研究開発機構)」です。核爆弾とロケットは一体ですからね。非核三原則は、原子力をエネルギー利用することを正当化するための大いなる建前とも言える。高速増殖炉や六ヶ所村の再処理工場など、プルトニウム利用に日本が積極的なのも、現在の核兵器にプルトニウムが不可欠だからとも言えるでしょう。

電力会社は、原発が地球温暖化の原因となる二酸化炭素を排出しないクリーンエネルギーだと主張します。でも、炭酸ガスと放射能、どっちが人類にとって有害ですか? しかも、原発は出力をほとんど調節できないんです。運転を始めたら、フル出力で運転し続けるしかない。1日の中で最も需要の下がる分の電力しか原発に依存することはできないから、深夜電力の値段を下げて「もっと電気を使おう」と宣伝している。

まあ、だからといって今まで莫大なお金と労力を注ぎ込んできた原子力開発をやめようとするのは、大きな責任を背負うことになりますからね。役人や企業レベルで判断できることではないんでしょうが。


「今さらですが、プルサーマルって何ですか?」

プルは「プルトニウム」、サーマルは「軽水炉」。つまり、ウラン燃料用の軽水炉でプルトニウムを使う原子力発電ということですね。現在、日本の原子力発電所は、ウラン235を燃料にする軽水炉が主流です。ウラン235が核反応、つまり燃えると、周囲のウラン238(劣化ウラン)の一部がプルトニウムに変わるんです。

プルトニウムとウランを混ぜて燃やすと、燃料に含まれたウラン238がまたプルトニウムに変わるから、燃料としては非常に効率がいい。ウランだけでは資源として70年しかもたないといわれていましたが、プルトニウムの資源化に成功すればその100倍の7000年、効率が50%としても3500年は活用できて、世界のエネルギー問題は解決すると言われているんです。

事故を起こして今は稼働を停止している「もんじゅ」などの高速増殖炉と呼ばれる原子炉は、このプルトニウムを使うためのものです。でも、暴走しやすく毒性が高いプルトニウムを扱うのは技術的に非常に難しいし、とてつもないコストがかかる。高速増殖炉の活用は世界の多くの国が開発から撤退していますし、日本でも絶望視されているのが実態です。

そこで、最近ではプルトニウムとウランを混ぜた「MOX燃料」を、軽水炉で使うプルサーマル計画が進められているということです。でも、本来はウランを使うために設計された原子炉でプルトニウムを燃やすのは、石油ストーブにガソリンを入れるようなもの。高速増殖炉を推進しようとしていた当初は否定されていたはずの方法が、どうして安全だと言い切れるのか、私には不思議でしょうがありません。


「もし、六ヶ所村で事故が起きたら…」

六ヶ所村(青森県上北郡)に建設された核燃料再処理施設は、ついに稼働してしまいましたね。念のため、誤解のないように説明しておくと、核燃料の再処理というのは、原発で使用済みになった燃料を無害にするのではありません。もともとは高速増殖炉で使用するプルトニウムを取り出すために計画された工場なんです。核燃料は手を加えれば加えるほど危険性が高まります。

再処理の方法をざっと説明すると、使用済みの燃料棒を切り刻んで硝酸で溶かし、分離してプルトニウムを取り出すんですね。そもそも核燃料は表面温度が数百度に達するものすごい発熱体です。おまけに強烈な酸と放射能。極限状態の工場なんですよ。

六ヶ所村の再処理施設は、事故が起きなくても1日で日本中の原発が1年間で出すのとほぼ同量の放射能(いわゆる死の灰など)を排出するといわれています。半分は空気中、半分は海に捨てられるんですね。私は定年まで1年を残して大学の職を辞して、今住んでいる三浦半島から長崎へ引っ越すことを決めたんですが、六ヶ所村から少しでも離れたいというのも理由のひとつなんです。

もし、六カ所村で事故が起きたら? 六ヶ所村の工場のモデルでもあるフランスのラ・アーグ再処理工場で、一度大事故一歩手前の事故がありました。冷却水を送るためのモーターの電源が落ちて、バックアップもできない状態になってしまった。工場の従業員たちは大急ぎで自宅に逃げ帰ったそうです。せめて、家族と一緒に死にたいってね。その時は奇跡的に電源車が間に合って大惨事にはならずに済みましたけど、もし大事故になっていたらヨーロッパのほぼ全域が壊滅していただろうというシミュレーションもあります。

六ヶ所村は本州の端っこで遠いから、東京や私が移住する長崎は安全だろうなんて、とんでもありません。もし最悪の事故が起きたら、アジアはもちろん、地球が壊滅的な被害を受けるといっても過言ではないですね。


「それで、核のゴミはどうなるの」

そもそも、軍事的な側面の強い原子力開発は最終的なゴミの処分方法が未解決のままスタートしています。技術の進歩でなんとかなるだろうという見切り発車で、今も状況はそれほど変わっていません。

1つの原子炉からは、1年間で広島型原爆1000発分の放射能をもったゴミが出ます。40年稼働するとして1基当たり4万発。日本では現在50基以上の原発が稼働していますから、単純に計算して原爆200万発分の放射能を生み出すことになる。



脱原発のためには、代替発電の方法だけでなく、省エネルギー社会の実現が不可欠だ

最初にお話しした通り、核のゴミの放射能の毒性は3万年残ります。深海や地中深くに捨てたとしても、水に触れると循環して地球が放射能に汚染させてしまいます。南極の氷の下とか、宇宙空間に捨てるなんていう案も検討されたようですが、どれも無理。現状では、50年ほど放置して冷却してもなお表面温度が数百度もある核のゴミを粉末にして、ガラスで固めた「ガラス固化体」として地中に埋める方法が主張されています。

高知県の東洋町が受け入れを発表して話題になったのもこの方法が想定されています。でもね、現在の技術でどんなに頑丈にシールドしても、それが3万年大丈夫って、誰が証明できるんでしょうね。日本には約2000本の活断層があるといわれています。活断層は2000年に1回は動くといわれてるから、1万年の間でも日本中の活断層が5回ずつ動いてしまうことになる。日本に「安全な地中」なんてないんです。

もう少し現実的な時間に話を戻しましょうか。たとえば、冷やすために50年間放置するという計画を決めた人間で、50年後に責任ある立場にいる者はいないでしょう。核開発そのものが、人間のライフサイクルを無視したものなんです。核に手を染めたこと自体、人類の傲慢だったのかも知れません。


「寿命になった原発の末路は?」

まず、密閉して約10年間放置されます。原子炉の材料はほとんどが鉄とコンクリートです。解体して出るゴミの量は膨大なものですね。それを、すべて核廃棄物として処理するには国土が足りなくなってしまうし、費用がかかりすぎる。そこで、たとえば鉄は放射能汚染のレベルが高い表面を削る(全体の3〜5%といわれている)処理をして、残った芯の部分は普通の産業廃棄物として処理するという法律が、一昨年成立してしまいました。

放射能汚染は、濃度と総量の両面で考える必要がある。汚染レベルが低いとされたゴミの山に、高レベルの汚染物が混じっていても、チェックしきれない可能性は高いですよね。その鉄がリサイクルされてしまうと、放射能汚染された鉄製品が世の中に出回ってしまうことになります。放射能は味も匂いもありません。もちろん目には見えないし、化学的に毒性を中和することもできません。

このまま原発に依存し続けるのは、こうした問題をさらに大きくしていくことになりますよね。そもそも、原発は核反応の熱で水を沸騰させてタービンを回す蒸気機関でしかありません。システムとしては古典的な技術で、とても効率が悪い。原発を推進して維持するためのコストで、日本の電気料金はとても高いのが現実です。

もっと言うと、われわれの生活スタイルを見直す必要があるでしょうね。燃料を燃やして得た電気を、もう一度熱に変換するのはとても効率が悪いんです。電気は通信などの利便に使い、熱には使わないようにするだけでもエネルギー事情は変わるはずです。

火力発電では、ジェットエンジンのような内燃機関を使い、さらに廃熱でタービンを回す効率のいい技術が開発されています。そもそも、古くからの日本にあった「里山」って、生活のためのエネルギー基地だったんですよね。植えた木はおよそ10年で燃料にできるまで育つ。育てた木を切って燃やすのは、地球全体としては炭酸ガスの量は変わりません。各家庭に燃料電池が普及したり、再生可能なエネルギーを活用した発電技術が進めばいいのですが、そうなると電力会社は存在理由を失って、原子炉の後始末は誰がするの? ということになりかねないことでもあるんですけどね。

いずれにしても、世界のどこかで、誰かが、勇気をもって、大きな方針転換をすることが必要なのだと思います。



藤田祐幸(ふじた ゆうこう)
1942年、千葉県生まれ。理学博士。慶応大学の教員をこの3月で退職し、長年住み慣れた三浦半島から長崎県に移住した。1983年には「エントロピー学会」の設立に参加。1990年からはチェルノブイリ周辺の汚染地域調査を続けるなど、原子力問題に取り組んできた。
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著書『原子力発電で本当に私たちが知りたい120の基礎知識』(東京書籍※広瀬隆と共著)


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福島原発について2

11、だれが助けるのか

 また、東京電力の福島原発で現場作業員がグラインダーで額(ひたい)を切って、大怪我をしたことがありました。血が吹き出ていて、一刻を争う大怪我でしたから、直ぐに救急車を呼んで運び出しました。ところが、その怪我人は放射能まみれだったのです。でも、電力会社もあわてていたので、防護服を脱がせたり、体を洗ったりする除洗をしなかった。救急隊員にも放射能汚染の知識が全くなかったので、その怪我人は放射能の除洗をしないままに、病院に運ばれてしまったんです。だから、その怪我人を触った救急隊員が汚染される、救急車も汚染される、医者も看護婦さんも、その看護婦さんが触った他の患者さんも汚染される、その患者さんが外へ出て、また汚染が広がるというふうに、町中がパニックになるほどの大変な事態になってしまいました。みんなが大怪我をして出血のひどい人を何とか助けたいと思って必死だっただけで、放射能は全く見えませんから、その人が放射能で汚染されていることなんか、だれも気が付かなかったんですよ。

 一人でもこんなに大変なんです。それが仮に大事故が起きて大勢の住民が放射能で汚染された時、一体どうなるのでしょうか。想像できますか。人ごとではないのです。この国の人、みんなの問題です。

12、びっくりした美浜原発細管破断事故!

 皆さんが知らないのか、無関心なのか、日本の原発はびっくりするような大事故を度々起こしています。スリーマイル島とかチェルノブイリに匹敵する大事故です。一九八九年に、東京電力の福島第二原発で再循環ポンプがバラバラになった大事故も、世界で初めての事故でした。

 そして、一九九一年二月に、関西電力の美浜原発で細管が破断した事故は、放射能を直接に大気中や海へ大量に放出した大事故でした。

 チェルノブイリの事故の時には、私はあまり驚かなかったんですよ。原発を造っていて、そういう事故が必ず起こると分かっていましたから。だから、ああ、たまたまチェルノブイリで起きたと、たまたま日本ではなかったと思ったんです。しかし、美浜の事故の時はもうびっくりして、足がガクガクふるえて椅子から立ち上がれない程でした。

 この事故はECCS(緊急炉心冷却装置)を手動で動かして原発を止めたという意味で、重大な事故だったんです。ECCSというのは、原発の安全を守るための最後の砦に当たります。これが効かなかったらお終りです。だから、ECCSを動かした美浜の事故というのは、一億数千万人の人を乗せたバスが高速道路を一〇〇キロのスピードで走っているのに、ブレーキもきかない、サイドブレーキもきかない、崖にぶつけてやっと止めたというような大事故だったんです。

 原子炉の中の放射能を含んだ水が海へ流れ出て、炉が空焚きになる寸前だったのです。日本が誇る多重防護の安全弁が次々と効かなくて、あと〇・七秒でチェルノブイリになるところだった。それも、土曜日だったのですが、たまたまベテランの職員が来ていて、自動停止するはずが停止しなくて、その人がとっさの判断で手動で止めて、世界を巻き込むような大事故に至らなかったのです。日本中の人が、いや世界中の人が本当に運がよかったのですよ。

 この事故は、二ミリくらいの細い配管についている触れ止め金具、何千本もある細管が振動で触れ合わないようにしてある金具が設計通りに入っていなかったのが原因でした。施工ミスです。そのことが二十年近い何回もの定検でも見つからなかったんですから、定検のいい加減さがばれた事故でもあった。入らなければ切って捨てる、合わなければ引っ張るという、設計者がまさかと思うようなことが、現場では当たり前に行われているということが分かった事故でもあったんです。

13、もんじゅの大事故

 去年(一九九五年)の十二月八日に、福井県の敦賀にある動燃(動力炉・核燃料開発事業団)のもんじゅでナトリウム漏れの大事故を起こしました。もんじゅの事故はこれが初めてではなく、それまでにも度々事故を起こしていて、私は建設中に六回も呼ばれて行きました。というのは、所長とか監督とか職人とか、元の部下だった人たちがもんじゅの担当もしているので、何か困ったことがあると私を呼ぶんですね。もう会社を辞めていましたが、原発だけは事故が起きたら取り返しがつきませんから、放っては置けないので行くのです。

 ある時、電話がかかって、「配管がどうしても合わないから来てくれ」という。行って見ますと、特別に作った配管も既製品の配管もすべて図面どおり、寸法通りになっている。でも、合わない。どうして合わないのか、いろいろ考えましたが、なかなか分からなかった。一晩考えてようやく分かりました。もんじゅは、日立、東芝、三菱、富士電機などの寄せ集めのメーカーで造ったもので、それぞれの会社の設計基準が違っていたのです。

 図面を引くときに、私が居た日立は〇・五mm切り捨て、東芝と三菱は〇・五mm切上げ、日本原研は〇・五mm切下げなんです。たった〇・五mmですが、百カ所も集まると大変な違いになるのです。だから、数字も線も合っているのに合わなかったのですね。

 これではダメだということで、みんな作り直させました。何しろ国の威信がかかっていますから、お金は掛けるんです。

 どうしてそういうことになるかというと、それぞれのノウ・ハウ、企業秘密ということがあって、全体で話し合いをして、この〇・五mmについて、切り上げるか、切り下げるか、どちらかに統一しようというような話し合いをしていなかったのです。今回のもんじゅの事故の原因となった温度センサーにしても、メーカー同士での話し合いもされていなかったんではないでしょうか。

 どんなプラントの配管にも、あのような温度計がついていますが、私はあんなに長いのは見たことがありません。おそらく施工した時に危ないと分かっていた人がいたはずなんですね。でも、よその会社のことだからほっとけばいい、自分の会社の責任ではないと。

 動燃自体が電力会社からの出向で出来た寄せ集めですが、メーカーも寄せ集めなんです。これでは事故は起こるべくして起こる、事故が起きないほうが不思議なんで、起こって当たり前なんです。

 しかし、こんな重大事故でも、国は「事故」と言いません。美浜原発の大事故の時と同じように「事象があった」と言っていました。私は事故の後、直ぐに福井県の議会から呼ばれて行きました。あそこには十五基も原発がありますが、誘致したのは自民党の議員さんなんですね。だから、私はそういう人に何時も、「事故が起きたらあなた方のせいだよ、反対していた人には責任はないよ」と言ってきました。この度、その議員さんたちに呼ばれたのです。「今回は腹を据えて動燃とケンカする、どうしたらよいか教えてほしい」と相談を受けたのです。

 それで、私がまず最初に言ったことは、「これは事故なんです、事故。事象というような言葉に誤魔化されちゃあだめだよ」と言いました。県議会で動燃が「今回の事象は……」と説明を始めたら、「事故だろ! 事故!」と議員が叫んでいたのが、テレビで写っていましたが、あれも、黙っていたら、軽い「事象」ということにされていたんです。地元の人たちだけではなく、私たちも、向こうの言う「事象」というような軽い言葉に誤魔化されてはいけないんです。

 普通の人にとって、「事故」というのと「事象」というのとでは、とらえ方がまったく違います。この国が事故を事象などと言い換えるような姑息なことをしているので、日本人には原発の事故の危機感がほとんどないのです。

14、日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?

 もんじゅに使われているプルトニウムは、日本がフランスに再処理を依頼して抽出したものです。再処理というのは、原発で燃やしてしまったウラン燃料の中に出来たプルトニウムを取り出すことですが、プルトニウムはそういうふうに人工的にしか作れないものです。

 そのプルトニウムがもんじゅには約一・四トンも使われています。長崎の原爆は約八キロだったそうですが、一体、もんじゅのプルトニウムでどのくらいの原爆ができますか。それに、どんなに微量でも肺ガンを起こす猛毒物質です。半減期が二万四千年もあるので、永久に放射能を出し続けます。だから、その名前がプルートー、地獄の王という名前からつけられたように、プルトニウムはこの世で一番危険なものといわれるわけですよ。

 しかし、日本のプルトニウムが去年(一九九五年)南太平洋でフランスが行った核実験に使われた可能性が大きいことを知っている人は、余りいません。フランスの再処理工場では、プルトニウムを作るのに核兵器用も原発用も区別がないのです。だから、日本のプルトニウムが、この時の核実験に使われてしまったことはほとんど間違いありません。

 日本がこの核実験に反対をきっちり言えなかったのには、そういう理由があるからです。もし、日本政府が本気でフランスの核実験を止めさせたかったら、簡単だったのです。つまり、再処理の契約を止めればよかったんです。でも、それをしなかった。

 日本とフランスの貿易額で二番目に多いのは、この再処理のお金なんですよ。国民はそんなことも知らないで、いくら「核実験に反対、反対」といっても仕方がないんじゃないでしょうか。それに、唯一の被爆国といいながら、日本のプルトニウムがタヒチの人々を被爆させ、きれいな海を放射能で汚してしまったに違いありません。

 世界中が諦めたのに、日本だけはまだこんなもので電気を作ろうとしているんです。普通の原発で、ウランとプルトニウムを混ぜた燃料(MOX燃料)を燃やす、いわゆるプルサーマルをやろうとしています。しかし、これは非常に危険です。分かりやすくいうと、石油ストーブでガソリンを燃やすようなことなんです。原発の元々の設計がプルトニウムを燃すようになっていません。プルトニウムは核分裂の力がウランとはケタ違いに大きいんです。だから原爆の材料にしているわけですから。

 いくら資源がない国だからといっても、あまりに酷すぎるんじゃないでしょうか。早く原発を止めて、プルトニウムを使うなんてことも止めなければ、あちこちで被曝者が増えていくばかりです。

15、日本には途中でやめる勇気がない

 世界では原発の時代は終わりです。原発の先進国のアメリカでは、二月(一九九六年)に二〇一五年までに原発を半分にすると発表しました。それに、プルトニウムの研究も大統領命令で止めています。あんなに怖い物、研究さえ止めました。

 もんじゅのようにプルトニウムを使う原発、高速増殖炉も、アメリカはもちろんイギリスもドイツも止めました。ドイツは出来上がったのを止めて、リゾートパークにしてしまいました。世界の国がプルトニウムで発電するのは不可能だと分かって止めたんです。日本政府も今度のもんじゅの事故で「失敗した」と思っているでしょう。でも、まだ止めない。これからもやると言っています。

 どうして日本が止めないかというと、日本にはいったん決めたことを途中で止める勇気がないからで、この国が途中で止める勇気がないというのは非常に怖いです。みなさんもそんな例は山ほどご存じでしょう。

 とにかく日本の原子力政策はいい加減なのです。日本は原発を始める時から、後のことは何にも考えていなかった。その内に何とかなるだろうと。そんないい加減なことでやってきたんです。そうやって何十年もたった。でも、廃棄物一つのことさえ、どうにもできないんです。

 もう一つ、大変なことは、いままでは大学に原子力工学科があって、それなりに学生がいましたが、今は若い人たちが原子力から離れてしまい、東大をはじめほとんどの大学からなくなってしまいました。机の上で研究する大学生さえいなくなったのです。

 また、日立と東芝にある原子力部門の人も三分の一に減って、コ・ジェネレーション(電気とお湯を同時に作る効率のよい発電設備)のガス・タービンの方へ行きました。メーカーでさえ、原子力はもう終わりだと思っているのです。

 原子力局長をやっていた島村武久さんという人が退官して、『原子力談義』という本で、「日本政府がやっているのは、ただのつじつま合わせに過ぎない、電気が足りないのでも何でもない。あまりに無計画にウランとかプルトニウムを持ちすぎてしまったことが原因です。はっきりノーといわないから持たされてしまったのです。そして日本はそれらで核兵器を作るんじゃないかと世界の国々から見られる、その疑惑を否定するために核の平和利用、つまり、原発をもっともっと造ろうということになるのです」と書いていますが、これもこの国の姿なんです。

16、廃炉も解体も出来ない原発

 一九六六年に、日本で初めてイギリスから輸入した十六万キロワットの営業用原子炉が茨城県の東海村で稼動しました。その後はアメリカから輸入した原発で、途中で自前で造るようになりましたが、今では、この狭い日本に一三五万キロワットというような巨大な原発を含めて五一の原発が運転されています。

 具体的な廃炉・解体や廃棄物のことなど考えないままに動かし始めた原発ですが、厚い鉄でできた原子炉も大量の放射能をあびるとボロボロになるんです。だから、最初、耐用年数は十年だと言っていて、十年で廃炉、解体する予定でいました。しかし、一九八一年に十年たった東京電力の福島原発の一号機で、当初考えていたような廃炉・解体が全然出来ないことが分かりました。このことは国会でも原子炉は核反応に耐えられないと、問題になりました。

 この時、私も加わってこの原子炉の廃炉、解体についてどうするか、毎日のように、ああでもない、こうでもないと検討をしたのですが、放射能だらけの原発を無理やりに廃炉、解体しようとしても、造るときの何倍ものお金がかかることや、どうしても大量の被曝が避けられないことなど、どうしようもないことが分かったのです。原子炉のすぐ下の方では、決められた線量を守ろうとすると、たった十数秒くらいしかいられないんですから。

 机の上では、何でもできますが、実際には人の手でやらなければならないのですから、とんでもない被曝を伴うわけです。ですから、放射能がゼロにならないと、何にもできないのです。放射能がある限り廃炉、解体は不可能なのです。人間にできなければロボットでという人もいます。でも、研究はしていますが、ロボットが放射能で狂ってしまって使えないのです。

 結局、福島の原発では、廃炉にすることができないというので、原発を売り込んだアメリカのメーカーが自分の国から作業者を送り込み、日本では到底考えられない程の大量の被曝をさせて、原子炉の修理をしたのです。今でもその原発は動いています。

 最初に耐用年数が十年といわれていた原発が、もう三〇年近く動いています。そんな原発が十一もある。くたびれてヨタヨタになっても動かし続けていて、私は心配でたまりません。

 また、神奈川県の川崎にある武蔵工大の原子炉はたった一〇〇キロワットの研究炉ですが、これも放射能漏れを起こして止まっています。机上の計算では、修理に二〇億円、廃炉にするには六〇億円もかかるそうですが、大学の年間予算に相当するお金をかけても廃炉にはできないのです。まず停止して放射能がなくなるまで管理するしかないのです。

 それが一〇〇万キロワットというような大きな原発ですと、本当にどうしようもありません。

17、「閉鎖」して、監視・管理

 なぜ、原発は廃炉や解体ができないのでしょうか。それは、原発は水と蒸気で運転されているものなので、運転を止めてそのままに放置しておくと、すぐサビが来てボロボロになって、穴が開いて放射能が漏れてくるからです。原発は核燃料を入れて一回でも運転すると、放射能だらけになって、止めたままにしておくことも、廃炉、解体することもできないものになってしまうのです。

 先進各国で、閉鎖した原発は数多くあります。廃炉、解体ができないので、みんな「閉鎖」なんです。閉鎖とは発電を止めて、核燃料を取り出しておくことですが、ここからが大変です。

 放射能まみれになってしまった原発は、発電している時と同じように、水を入れて動かし続けなければなりません。水の圧力で配管が薄くなったり、部品の具合が悪くなったりしますから、定検もしてそういう所の補修をし、放射能が外に漏れださないようにしなければなりません。放射能が無くなるまで、発電しているときと同じように監視し、管理をし続けなければならないのです。 

 今、運転中が五一、建設中が三、全部で五四の原発が日本列島を取り巻いています。これ以上運転を続けると、余りにも危険な原発もいくつかあります。この他に大学や会社の研究用の原子炉もありますから、日本には今、小さいのは一〇〇キロワット、大きいのは一三五万キロワット、大小合わせて七六もの原子炉があることになります。

 しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。それなのに、さらに、新規立地や増設を行おうとしています。その中には、東海地震のことで心配な浜岡に五機目の増設をしようとしていたり、福島ではサッカー場と引換えにした増設もあります。新設では新潟の巻町や三重の芦浜、山口の上関、石川の珠洲、青森の大間や東通などいくつもあります。それで、二〇一〇年には七〇〜八〇基にしようと。実際、言葉は悪いですが、この国は狂っているとしか思えません。

 これから先、必ずやってくる原発の閉鎖、これは本当に大変深刻な問題です。近い将来、閉鎖された原発が日本国中いたるところに出現する。これは不安というより、不気味です。ゾーとするのは、私だけでしょうか。

18、どうしようもない放射性廃棄物

 それから、原発を運転すると必ず出る核のゴミ、毎日、出ています。低レベル放射性廃棄物、名前は低レベルですが、中にはこのドラム缶の側に五時間もいたら、致死量の被曝をするようなものもあります。そんなものが全国の原発で約八〇万本以上溜まっています。

 日本が原発を始めてから一九六九年までは、どこの原発でも核のゴミはドラム缶に詰めて、近くの海に捨てていました。その頃はそれが当たり前だったのです。私が茨城県の東海原発にいた時、業者はドラム缶をトラックで運んでから、船に乗せて、千葉の沖に捨てに行っていました。

 しかし、私が原発はちょっとおかしいぞと思ったのは、このことからでした。海に捨てたドラム缶は一年も経つと腐ってしまうのに、中の放射性のゴミはどうなるのだろうか、魚はどうなるのだろうかと思ったのがはじめでした。

 現在は原発のゴミは、青森の六ケ所村へ持って行っています

全部で三百万本のドラム缶をこれから三百年間管理する と言っていますが、

一体、三百年ももつドラム缶があるのか、廃棄物業者が三百年間も続くのかどうか。どうなりますか。

 もう一つの高レベル廃棄物、

これは使用済み核燃料を再処理して

プルトニウムを取り出した後に残った放射性廃棄物
です。

日本はイギリスとフランスの会社に再処理を頼んでいます。

去年(一九九五年)フランスから、二八本の高レベル廃棄物として返ってきました

これはどろどろの高レベル廃棄物をガラスと一緒に固めて、金属容器に入れたものです。

この容器の側に二分間いると死んでしまうほどの放射線を出す そうですが、

これを一時的に青森県の六ケ所村に置いて、三〇年から五〇年間くらい冷やし続け

その後、どこか他の場所に持って行って、地中深く埋める予定だといっていますが、

予定地は全く決まっていません。余所の国でも計画だけはあっても、

実際にこの高レベル廃棄物を処分した国はありません。みんな困っています。

 原発自体についても、国は止めてから五年か十年間、密閉管理してから、粉々にくだいてドラム缶に入れて、原発の敷地内に埋めるなどとのんきなことを言っていますが、それでも一基で数万トンくらいの放射能まみれの廃材が出るんですよ。生活のゴミでさえ、捨てる所がないのに、一体どうしようというんでしょうか。とにかく日本中が核のゴミだらけになる事は目に見えています。早くなんとかしないといけないんじゃないでしょうか。それには一日も早く、原発を止めるしかなんですよ。

 私が五年程前に、北海道で話をしていた時、「放射能のゴミを五〇年、三百年監視続ける」と言ったら、中学生の女の子が、手を挙げて、「お聞きしていいですか。今、廃棄物を五〇年、三百年監視するといいましたが、今の大人がするんですか? そうじゃないでしょう。次の私たちの世代、また、その次の世代がするんじゃないんですか。だけど、私たちはいやだ」と叫ぶように言いました。この子に返事の出来る大人はいますか。

 それに、五〇年とか三百年とかいうと、それだけ経てばいいんだというふうに聞こえますが、そうじゃありません。原発が動いている限り、終わりのない永遠の五〇年であり、三百年だということです。

19、住民の被曝と恐ろしい差別

 日本の原発は今までは放射能を一切出していませんと、何十年もウソをついてきた。でもそういうウソがつけなくなったのです。

 原発にある高い排気塔からは、放射能が出ています。

出ているんではなくて、出しているんですが、

二四時間放射能を出していますから、

その周辺に住んでいる人たちは、一日中、放射能をあびて被曝しているのです。


ある女性から手紙が来ました。二三歳です。便箋に涙の跡がにじんでいました。「東京で就職して恋愛し、結婚が決まって、結納も交わしました。ところが突然相手から婚約を解消されてしまったのです。相手の人は、君には何にも悪い所はない、自分も一緒になりたいと思っている。でも、親たちから、あなたが福井県の敦賀で十数年間育っている。原発の周辺では白血病の子どもが生まれる確率が高いという。白血病の孫の顔はふびんで見たくない。だから結婚するのはやめてくれ、といわれたからと。私が何か悪いことしましたか」と書いてありました。この娘さんに何の罪がありますか。こういう話が方々で起きています。

 この話は原発現地の話ではない、東京で起きた話なんですよ、東京で。皆さんは、原発で働いていた男性と自分の娘とか、この女性のように、原発の近くで育った娘さんと自分の息子とかの結婚を心から喜べますか。若い人も、そういう人と恋愛するかも知れないですから、まったく人ごとではないんです。 こういう差別の話は、言えば差別になる。でも言わなければ分からないことなんです。原発に反対している人も、原発は事故や故障が怖いだけではない、こういうことが起きるから原発はいやなんだと言って欲しいと思います。原発は事故だけではなしに、人の心まで壊しているのですから。

20、私、子ども生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。

 最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。どこへ行っても、必ずこのお話はしています。あとの話は全部忘れてくださっても結構ですが、この話だけはぜひ覚えておいてください。

その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来ていました。その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。

 話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。 

 「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。

 「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。

 「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。

 「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。

 私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」と言います。「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。

 担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていることを少しも知らなかったそうです。

 これは決して、原子力防災の八キロとか十キロの問題ではない、五十キロ、一〇〇キロ圏でそういうことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っていることを絶えず知っていてほしいのです。

21、原発がある限り、安心できない

 みなさんには、ここまでのことから、原発がどんなものか分かってもらえたと思います。

 チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。

 でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用です」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。

 原発は確かに電気を作っています。しかし、私が二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということです。それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。

 みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。

 それから、
今は電気を作っているように見えても、

何万年も管理しなければならない核のゴミに、

膨大な電気や石油がいるのです


それは、

今作っている以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。

それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、

私たちの子孫なのです


 そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。

 だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。

 ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと思っています。

 原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから



  優しい地球 残そう子どもたちに


筆者「平井憲夫さん」について:

1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。

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